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30周年。





はじめて その存在を知ったのは4歳の頃。


同じ幼稚園に通っていた友達のタイちゃんの家だった。


まだチャンネル切り替えのダイヤルがついていたテレビには


「S」からはじまる読めないけどカッコイイ字が映し出されていた。


はじめてのテレビゲーム体験はスーパーマリオだった。


タイちゃんの隣に正座して彼のプレイを観た。


右に歩いてジャンプすると何かがつぶれた。


もう少し歩いて「?」マークのブロックにジャンプするとコインがでた。


そうしている内にモモモモモという音とともにキノコがでてきた。


キノコに触ると動いていた人が大きくなった。


目の前で起こる現象にすごく興奮した。


グイグイとテレビの中の人を右に動かしていくタイちゃんに尊敬の念すら抱いた。


そして私のテンションをエラいことにする出来事が起こる。


タイちゃんが「ドカンに入った」のだった。


当然、実際にドカンに入ったのはタイちゃんではないし


「実際」という話をするならドカンすらないのだけれど


当時の私はドカンに異様なあこがれを持ち


そして地面の中=秘密基地=カッコイイ!という考えだったため


マリオと呼ばれる人がドカンに入っていった姿は


脳みそがちょっとおかしくなるほどの衝撃であり


「タイちゃんがドカンに入っていった」というトリッキーな認識しかできない状態だった。


友達のおもちゃに触ったらダメ!と親からきつく言われていた幼少期。


その言いつけにはワリと素直に従っていた自信があるが


その時ばかりは夢中で「ぼくにもやらせて!」と叫んでいたような気がする。


どうやるの!? じゅーじかおすの!? テキはどうすればいいの!?


はやくはしるやつは!? きのこいっちゃった!とれないの!?


さっきのところもどりたい!もどれない!?なんでっ!?


タイちゃんにあらゆる質問をした。


テレビの中のマリオと一緒に動いた。


体が右に動いていった。


はじめてのテレビゲームに大興奮だったが、


入れるドカンにたどり着くまでにマリオはいなくなってしまった。


私のクソプレイに業を煮やしたのかタイちゃんは謎の言葉を放った。


「オレ マリオやるけん ルイジやりよ!」


ルイジ?なにそれ! マリオやりたい!マリオやらせて!


・・・マリオだった。


みどり色のマリオだった。


もうそこからは良く覚えていない。


とにかくタイちゃんはルイージに順番を回すために


「マリオやられたらルイジの番なっ!」と言って


わざとクリボーやノコノコにやられてくれた。


ワケがわからないほど楽しかった。


お昼に遊びに行ったのに気がつけば午後4時を過ぎていた。


いつもなら家に帰っていなければならない時間だった。


とにかく慌てて家に帰り、タイちゃんチで遊んでいた旨を伝え


ファミコンかって!!と言いまくったが母の答えはノーだった。


実はその数日前に兄が同じようにファミコンかって!と言いに来たとのことだった。


しばらく後に判明した事なんだけれど


兄の初ファミコン体験も私と同じタイちゃんチで


兄の遊び相手は兄の同級生のケースケくん(タイちゃんのお兄さん)だったそうだ。


どうやら兄はグラディウスにやられたらしく


兄弟で買ってもらえないけど欲しくてたまらないファミコンの話をする時は


いつも ウエウエシタシタヒダリミギヒダリミギビーエー!


と謎の呪文を唱えていた。


そんな衝撃テレビゲーム体験をした私達兄弟がファミコンを手に入れるのは


それから6年後の事だった。


はじめての自分たちのファミコンに興奮しまくりながら


もはやチャンネル操作はリモコンで行う世代のテレビにRFスイッチを兄が取り付けていく


タイちゃんチにあったテレビは小さいものだったのだけど


兄がイジっているテレビは当時にしてはちょっと大きめの28インチ。


所有ソフトは魔界村1本というマゾすぎるラインナップなんぞ気にもせず


私は、28インチなんだから


ゲームがはじまった画面で最初のハシゴくらいまでみえちゃうんじゃないか!


とかなりおバカさんな空想をしながら兄の作業終了を待った。


兄が作業を終え、「2ch」と短く言った。


待ってました!とばかりに2chに切り替え


魔界村をファミコンに挿し電源ON!


例の赤いアレがぴゅーっときてあっさりお姫様をさらって行った。


よーし!この後だ!この後はもういっきなりハシゴが・・・


みえなかった。


でっかいアーサーが、でっかいゾンビと対峙し


でっっかいヤリを投げたけど でっかいカラスとぶつかって鎧が壊れた。


なんだかガッカリなまま、でっかいタイマツをとっちゃって


ハシゴをのぼった所のパックンフラワーみてぇなアレにくわれた。


それからは、色々なソフトで遊んだ。


RPGというヤツに既に興味を持っていた兄はドラクエⅡをはじめた。


サマルトリアが弱すぎる・・・ と良く言っていた。


数年後、サマルトリアが使えない。 と私も言うようになった。


兄のレベル上げをやらされた。


レベルがあがったらパスワードを取るように言われた。


パスワードを間違えてメモした。


ファミコンジャンプを友人に借りた。


ケンシロウがでてくるまで待った。


過去に行った。


アイテムがなくなってメインストリームに帰れなくなった。


そしてパスワードを間違えてメモした。


スクウェアのトムソーヤで遊んだ。


パスワードがいらなかった。


セーブすてき。


なんだか好きなゲームだった。


そして中古で買ったドラクエⅢ


アレフガルドまで降りてくいくと「ぼうけんのしょ」が消えるという


極悪仕様だった。


ラスボスはバラモス。


ゾーマなんていない。 会ったこともない。


それ以降は最初からプレイする事になるが


ロマリアまでたどり着いたあたりでバカバカしくなってやめた。


そしてFFⅢに出会う。


はじめて自発的にプレイしたRPG。


画面がピカピカするとか


画面が揺れるとかといった演出。


オーケストラっぽい音楽が少しだけ大人っぽい気分にさせてくれた。


小学生には重すぎるストーリーにグイグイ押されて


はじめて最後までプレイしクリアすることができたゲームだった。


他にもたくさんのソフトに触れてきた。


生活の中心でもあった。


勉強なんかどうでもよかった。


それよりテレビの中の世界を救うほうが大切だった。


「文字を読む」という習慣を与えてくれた。


誰かと一緒に遊ぶ時の気遣いを教えてくれた。


センシティブな電化製品は時として悪魔的だということも教えてくれた。


兄がなぜか銀色に塗装し、分解してぶっこわしちゃうという結果は


なんだかファミコンさんには申し訳なくて言葉もないのだけれど


ファミコンさんは小学生の私にとって一番仲のイイ友達だった。


そんなファミコンさんも今年で30歳になるようだ。


実は少し年下のファミコンさん。


いまでは所有もしていないし、あっても接続環境もないような時代になっちゃったけど


スーパーになったりして大活躍だったファミコンさん。


すべてのゲーム体験はアナタとの出会いのおかげです。


本当にどうもありがとう。


モノはないけれど、間違いなくファミコンさんは私のたからものです。





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[ 2013/07/16 00:02 ] ● TVゲーム | TB(0) | CM(0)
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義父と一緒。

Author:義父と一緒。
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